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3月11日 手作り市&TAYUTA LIVE @ぽれやぁれ

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去年の3月11日はインドの車の中にいた。
お腹を壊し、風邪を引いていた。
ぼーっと外を眺めていたとき、同乗していたインドとのハーフのアキラくんに、
お付き合いのあるインド人のメーカーさんから一本の電話があった。
「日本で大きな地震があったみたい」
「・・・どこで?」
あの様な状態であることなど想像もつかない。
そのあと、次々とメーカーさんからの電話。
そんなに大きかったのかなぁ・・・
ホテルに着くなりパソコンをつけ、テレビもつけた。
海が日本を飲み込んでいる映像だった。
興奮状態のアナウンサーが、日本が大変なことになっている。と、こちらに向かって言った。
頭が真っ白になり、急いで実家に電話をしたが、繋がらなかった。
私は一人、その夜インドを発ち帰国に向かう予定になっていた。
みんなに止められたが、その二日後に親友の結婚式を控えていた。
今思えばやれる状況ではなかったのだけど…。
でもやる可能性が少しでもあるなら、絶対に帰る!彼女に対しての思い入れは深かった。
まるで戦地に向かうかのように送り出され、タイに向かった。(タイ経由だったので)
いつも小汚く派手な格好の私はセキュリティーチェックが厳し目なのだが、
そのときに限っては
「ジャパニーズか?家族は平気か?早く帰れ」
と、どこもチェックもほどほどに通された。
心からみんなが心配していた。
日本人と分かると、みんなが心配そうな顔をした。
成田はカオスだった。
帰るに帰れない外国人。戻るに戻れない日本人。
かろうじて動いていた鈍行列車を待って、押し込むようにそれに乗った。
その列車の空気は本当に始めての感覚だった。
みんなが今にも手を繋ぎ合うような、抱きしめ合うような、団結が生まれていた。
支え合う体や手を離そうとしなかった。
一つ一つの駅で降りる人を、みんなが家族を送り出すような目で見ていた。
私も全ての人の無事を心から願ってた。
実家について、やっと状況がわかり、悲しみや不安や言葉に成ら無い色んな感情が湧いた。

それから一年。
震災時、日本に居られなかった私だけど、異国の人も同じ様に痛みを感じようとして、
私たちに何とか優しさを与えようとしてくれた、あの少しの時間を思い出します。
同じ日本人は分け隔て無く、家族になっていたあの時間を思い出します。
それぞれの『あの時』を思う日に。


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2012/3/11
(sun)

11:00~17:00 手づくり市


18:30~ TAYUTA + カワムラ LIVE
charge:2,000yen

ぽれやぁれ
LIVE
href="http://tayuta.hiho.jp/" target="_blank">TAYUTA

カワムラ

手作り市
アクセサリー、小物『Mukaaka Craft from ウガンダ!』YOMOフェルトの小物『ぽ』レザーアクセサリー、小物『toi』


是非来てね。
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by toitomomi | 2012-03-08 13:31